近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大勢の家族や弟子を抱えた女役者お満のせわしい朝の場面。老いた母親はじめ、みんなに気を遣いつつ朝餉の支度と、自分の身仕舞いを手早く済ませている。お満は寝間着のままの細帯すがた、裏庭に面した縁先でいま手水(チョウズ)を使っている。縁側の廊下を突き当たっての左側は雪隠の戸があるはず。その戸の先に大きな自然石を彫り窪めた手水鉢が据えられ、上から芸人の家らしい派手な手拭きが下がっているのはお約束。お手水というと便所を意味する場合と、本来の意味に近く手を洗うこと、あるいはその場所を指す場合とがあり、その点はいまのお手洗いと同じ。水場が台所だけだったこの時代、洗面や化粧などは縁端を利用するしかなかった。本文中に、外の井戸から手桶一杯の水を提げてきて、手水鉢の水を替えた――とあるから、台所の水甕(ミズガメ)の外に、洗面等に使う水はこの庭先の手水鉢を利用していたのだろう。便所の手洗いにも使う手水で洗面や口すすぎをするのは、いまの人には考えられないが、神社に詣でるときの、鳥居のかたわらの手洗いも手水と言っているから、この時代の人には抵抗はなかったにちがいない。お満は手水鉢から平べったい金盥(カナダライ)に汲みとった水に、差し湯をして使っている。両側に置かれているのは歯磨きの房楊枝と、楊枝入れと思われる。父親は片方の足が義足。わが国で継ぎ足などと呼んだ義足は、外来技術に独自の工夫を加えて外国人を驚かすような発達を見せ、なかでも富士登山の成功で気を吐いた小柳義足は有名。(大丸 弘)
ID No. D04-153
出典資料 改進新聞
発行年月日 1892(明治25)年1月29日号 1面
画家・撮影者 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912)
小説のタイトル 江戸小町(2):家族快(中)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2:[ヘアスタイル]
D5ne:[寝巻;ナイトウエア]
Vob:[帯]
D017:[男の老人]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
H42:[便所;手水口]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Eho:[保存・収納・管理の技術・用具・設備;たたみ方;ハンガー]
G043:[縁先;縁端]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
国名 日本
キーワード 疣毟巻(いぼじりまき)風;いぼじり巻風;寝間着;細帯;盥(たらい);房楊枝;楊枝入れ;手水鉢(ちょうずばち);柄杓(ひしゃく);ハンガー;廊下
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥