近代日本の身装文化(身装画像)
説明 ふた月あまりも病の床にある母親は貧しい遊芸の師匠。その一人娘は高等小学校に通う十三歳だが、いまは母親の看病のため学校を休んでいる。遊芸の師匠ではあるが弟子も少なく、とりわけ実入りの多い男弟子がいないということもあって生活は苦しい。勝手口の土間からとっつきの四畳半か、六畳一間だけの住まいかもしれない。いま娘に送られて立ち去ろうとしているのは、近所に住んで小金を貸している老婆。わずかの貸金の催促に来て今日はおとなしく帰るものの、腹には一物あるようだ。娘は前髪を眉の上で切り揃え、束髪の髷を後頭部で丸めてネットで押さえているらしい。格子戸に手をかけて、小腰を屈めて振り返っている老婆、といってもまだ五十かそこらの年だろうが、襟付きの縞のきものに黒繻子の帯、前垂れを端折りの下に押し込んでいる。髪はたぶん一種の櫛巻、履いているのは差し歯の日和下駄。(大丸 弘)
ID No. D04-103
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1892(明治25)年12月6日号 3面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 寒紅梅(1)
作者 堺欠伸(本吉欠伸)(欠伸居士)(桃南子)(1865-1897)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D007:[女の老人]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
D2:[ヘアスタイル]
Vka:[掛襟]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
国名 日本
キーワード ネットをかぶせた髷;櫛巻;格子のきもの;竪縞のきもの;黒襟;前垂れ;日和下駄;土間;破れ障子:窯
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥