近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京でも大阪でも、少し余裕のある家では、女の子が六,七歳になると、お稽古事に通わせるのはごく当たり前で、それは江戸時代でも明治になっても変わっていない。いま床の上で踊っている少女の髪はあまり例がなく、たぶん髪置き前だろうから、そうすると四,五歳ということになる。こんな小さい子にお稽古をさせるのはめずらしい。稽古は東京だと長唄か常磐津、大阪だと義太夫が多い。歌三味線の稽古は差し向かいでできるので、四畳半一間でも間に合ったが、踊りとなるとたとえ一畳分でも床が要るので、それなりの普請が必要になる。この絵の床は低いが、たいていはもう少し高くて下が物入れになっていた。『半七捕物帳』の「帯取りの池」では、踊りの師匠がその中に、追われている男をかくまっている。(大丸 弘)
ID No. D04-002
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1892(明治25)年2月18日号 3面
画家・撮影者 稲野年恒(可雅賎人)(1858-1907)
小説のタイトル 檐の梅が香(24)
作者 香川蓬洲(香川倫三)(蓬洲居士)(生年不詳-1929)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jke:[お稽古事;技能・遊芸の修行]
D001:[女の幼児(だいたい就学以前)]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
国名 日本
キーワード 歌三味線;踊り;稽古;扇子
男女別 女性;女児
体の部分 全身;坐臥