近代日本の身装文化(身装画像)
説明 柳橋の料亭の小座敷。客のならず者から難題をふっかけられて逃げ出そうとする芸者。あとの時代になると、おなじみの相手でもないかぎり、芸者が縞物などを着てお座敷に出ることはないが、この時代は素人の女性の日常着と芸者の衣裳との間に、それほどの隔たりがなかった。家の中での曳き裾もまだスッカリ廃れてはおらず、芸者らしさといえば潰しにした髪型と、結び下げにした帯くらいか。東京周辺では結び下げを柳と呼ぶようになる。本文中に夕暮れとあるが、すでに石油ランプの普及しているはずのこの時代、まさか卓上の燭台だけが部屋の中の照明具ではないだろう。あるいは舞台の「面明り(ツラアカリ)」のような目的のために置いたのだろうか。(大丸 弘)
ID No. D03-049
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1891(明治24)年12月9日号 3面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 菊合(きくあわせ)(26)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2sim:[島田;高島田]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D3hi:[曳裾]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
D802:[脅し・怒り・叱責・威圧・威厳の表現]
G014:[飲食店;料亭]
H6:[和座敷一般]
時代区分・年代 19世紀終わり;1891(明治24)年
国名 日本
特定地域 東京;柳橋
キーワード 潰し島田;つぶし島田;柳結び;曳き裾;格子のきもの;燭台
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥