近代日本の身装文化(身装画像)
説明 明治時代の関東では、便所は雪隠(セッチン)と呼ぶのがふつう。少し気取った言い方では後架(コウカ)。家族三,四人で三間か四間の借家暮らしをしている庶民の家では、玄関からはいちばん奥、小さな庭に面して縁側の廊下があり、廊下の端の突き当たりに半畳の広さの雪隠のある間取りが多かった。洗面所や小便所の付属するのはだいぶ後のことになる。だから便所を出たところには手を清めるための手水(チョウズ)のいろいろな工夫があった。猫の額ほど――ときまりきった言い方をされる小庭に向いた座敷と廊下は、ほとんど窓というもののない家の中ではいちばん明るい、気の晴れるところだったから、女たちは一日の大部分をここで過ごして、針仕事をしていたことだろう。この物語の主人公は神奈川県庁勤めの中級官吏で、住まっているこの家も官舎なので、この時代としては豊かな暮らしぶりが、家の構造や建具などにもうかがえる。玄関ではなく、庭から入ってきた娘は主人公の上司のひとり娘で、日頃仕立物をすべて、いま縫い物を広げている主人公の母親に頼んでいる親しい仲。ふだん結いつけない島田を結ったので、顔が引っつれるようだと笑っている。娘のその島田はまるで芸者のように髷が低くて下町風。雪隠脇の小庭は汲み取りのためにもぜひ必要なのだが、気心の知れた人は庭から回って上がり込むことがあるので、その辺りには目隠しとにおい消しのため金木犀や千両など、常緑灌木を植え込むことが多い。(大丸 弘)
ID No. D02-124
出典資料 江戸新聞
発行年月日 1890(明治23)年4月23日号 1面
画家・撮影者 山田敬中(山田年忠)(1868-1934)
小説のタイトル 初卯の花(下):可憐娘(2)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2sim:[島田;高島田]
D2ma:[丸髷]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
Vka:[掛襟]
Esa:[裁縫;裁縫実習;裁縫用具;ミシン]
H42:[便所;手水口]
G043:[縁先;縁端]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
キーワード 下町風;眉落とし;黒襟;針仕事;裁縫箱;針山;糸切り鋏(はさみ);物差し;雪隠(せっちん);後架(こうか);手水鉢(ちょうずばち);柄杓(ひしゃく)
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥