近代日本の身装文化(身装画像)
説明 舞子海岸の海水浴客相手の旅館。大阪・道修町辺の薬種商一家のが宿泊する。場面は遅れて着いた手代が一人、宿の貸し浴衣に着替えようとしているところへ、主人の娘が様子を見にきた、というところ。手代の顔に大きなアザのあることが、この物語の眼目になっている。夏の行楽なので、手代のきものは薄地物の単のように見える。下は丸首の洋風アンダーウエアで、綿のシャツに近いタイプを着、猿股を穿いている。この時期の猿股はトップで紐締めになっているものが多く、大人の男性でも褌(フンドシ)派は、だんだんと猿股派にシェアを奪われていった。また家庭ミシンが、最初に手をつけるのが子どもと良人の下着だったから、けっこう不器用なできばえのものも着せられていたにちがいない。(大丸 弘)
ID No. D02-050
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1890(明治23)年9月5日号 3面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 黶聟(あざむこ)(2)
作者 岡野半牧(岡野武平)(半牧居士)(1848-1896)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Pu0:[アンダーウエア]
Vyu:[ゆかた]
H6:[和座敷一般]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
特定地域 兵庫;神戸;舞子
キーワード 丸首シャツ;猿股;貸し浴衣;着替え;旅館
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥