近代日本の身装文化(身装画像)
説明 京都の清水寺、音羽の瀧の掛茶屋で休む二人連れ。二人は主従の関係で、まだ十歳にならない娘の、行き方知れずになっている姉を捜すための旅。信州から中仙道を京都まで辿り、さらに大阪、東京へと足をのばす相談をしている。旅装束といってもとりわけ女性は、足拵え以外は家での日常の恰好と変わるところはない。二人が穿いているのは丈夫な麻裏草履だろうが、まだ稚児髷の少女の方は脱げにくいように、わらじのような紐を掛けている。女性は色足袋を穿かないから、路の悪い長道中では足袋を白くしておくのは大変だったろう。少女は身上のありったけを持ち歩いている胴巻きを、不用心にも引きだして調べていて、背後にはそれを窺っている怪しの男。(大丸 弘)
ID No. D01-222
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1890(明治23)年1月5日号 3面
小説のタイトル 姨捨山(24)
作者 冨田一郎(一筆庵主人)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D002:[女の子(小学生くらい)]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2ni:[日本髪一般]
Vka:[掛襟]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
特定地域 京都;清水寺
キーワード 茶屋;黒襟;稚児髷;胴巻;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;白足袋;ぞうり;長椅子
男女別 女性;女児
体の部分 全身;坐臥