近代日本の身装文化(身装画像)
説明 学校帰りに、もと乳母だった女の家に立ち寄る娘。女学校の低学年で、十三,四歳というところ。胸に本の包みを抱え、お約束のように蝙蝠傘を提げている。履いている下駄はノメリだが、この年ではこの子のようにまだぽっくりもある。髪は桃割れ。この時代まで十代半ばの少女は蝶々、新蝶々、唐人髷を結う子もかなりいたが、明治三十年代に入る頃には、東京とその周辺ではほとんどが桃割れになっていたようだ。明治二十年代は束髪がどちらかといえば人気を失っていた時期で、とりわけ東京の下町では、小学校高学年以上の少女のほとんどは、お下げでなければ、桃割れや唐人髷を結って通学していた。(大丸 弘)
ID No. D01-193
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1889(明治22)年4月7日号 3面
小説のタイトル 雪積恋寄書(つもるゆきこいのよせがき)(中)(11)
作者 桜川漁隠(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D7jog:[女学生]
D2mo:[桃割れ]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
Wkas:[傘]
G790:[人力車]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
キーワード 総柄のきもの;お太鼓結び;木履;ぽっくり下駄;のめり下駄;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;後ろ姿
男女別 女児
体の部分 全身