近代日本の身装文化(身装画像)
説明 これは1889年の物語。奥に見える女性は、裾を曳いている。明治維新から現代和服にいたる六、七〇年のあいだに、とくに女性のきもの着装上のもっとも大きな変容であり、また問題を残したのは、この裾の処理についてだろう。幕末に書かれた『守貞謾稿』(1837年~)に「江戸は小民の婦女も、褻に絹裏を用い、裾を引く者多く、これを用いざるは困民に似たり」などとあり、裏店住まいでもなければ、たいていの女性は家では裾を曳いていたようだ。家で裾を引き、外出の折にはそれを簡単に絡げる―という風習が廃れ、いまのようなきちんと畳んだはしょりに代わったのがいつ頃だったかについては、『東京風俗志』(平出鏗二郎著)など同時代の資料では触れられていない。しかし、1890年代になると、正月行事などの祝い事は別として、日常では曳裾がなくなっていく。この物語は1889年の設定だから、挿絵はやや古めかしいかもしれない。(大丸 弘)
ID No. D01-040
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1889(明治22)年2月17日号 3面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル えにしの糸(4)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D3hi:[曳裾]
H6:[和座敷一般]
H34:[デスクワークのための設備;書斎]
G02:[開口部も含めた外壁面]
Vka:[掛襟]
D2sim:[島田;高島田]
D2ot:[男の髪型]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
キーワード 襖(ふすま);黒襟;竪縞のきもの;机;本;火鉢;浮世絵風の美人;引目;おちょぼ口;断髪
男女別 男性;女性