近代日本の身装文化(身装画像)
説明 しばしばお高祖(コソ)頭巾は、明治の女の姿への郷愁として語られる。時が移って1930(昭和5)年にもなれば、「この節のお高祖頭巾はめずらしいと思います。東京なぞでは絶無と云ってよいでしょうね。私の故郷でなくても田舎へ行けば、猶その風俗が残っています」といわれた(且原浩爾「お高祖頭巾」【資生堂月報】1930年2月)。お高祖頭巾というより、お高祖頭巾風の防寒かぶりものは、寒い地方へ行けばはやり廃りのない必要品だから、その広がりについては民俗学畑の方々がくわしい。江戸時代から受け継いで、印象的な明治風俗となったお高祖頭巾は、また袖頭巾とも呼ばれた。日清戦争頃の1894(明治27)年10月10日号の【家庭雑誌(民友社)】には単に「女頭巾の仕立方」とだけあって、「追々寒気に向かえば女頭巾入り用の時節に趣きぬ、但し女頭巾は十一月末方よりぼつぼつ着用せらるるが、今より裁縫し置きても必ずしも早計にあらざるべし」とある。ちょうど女のきものの片袖ぐらいの大きさ、一尺に四尺くらいの裂(キレ)の二辺を縫合わせて、すっぽりとかぶると、後ろの下の方は少し縫わずにおいてぐるぐると首に巻く。冬の寒さしのぎの道具なので、この絵のように大きなショールとを組み合わせると、これ以上のあたたかい恰好はなかった。「お高祖頭巾――冬のあいだは大流行にして、婦人外出の折には、頭巾と肩掛を着用せねば、世上へ慚色(=恥ずかしい思い)あるが如し」(「帽子、履物類」『衣服と流行』1896年)とまでいわれている。(大丸 弘)
ID No. CH1-009
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1895(明治28)年2月28日号 1面
画家・撮影者 水野年方(1866-1908)
小説のタイトル おこそ頭巾(7):女の後影
作者 中村花痩(1867-1899)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wzu:[頭巾;覆面]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Qfu:[縁飾り;フリンジ]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
G70:[電車;汽車]
時代区分・年代 19世紀終わり;1895(明治28)年
国名 日本
キーワード 御高祖頭巾;おこそ頭巾;裾の袘(ふき);木履;ぽっくり下駄;中折帽子;中折れ帽子;黒紋付き羽織;車窓
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身