近代日本の身装文化(身装画像)
説明 毛布は開国当初から、蝙蝠傘とおなじようにわが国への普及のもっとも早く、また広がった舶来品だ。たいていの舶来品は、沿岸地帯の大都会はともかく、地方の辺鄙な土地への浸透には時間がかかるものだが、毛布が明治初年にはもう、田舎者の姿のシンボルのように考えられていたというのだから、はじめから便利なものとして、よほど喜ばれていたのだろう。ケットが田舎者の恰好としてよく見られたのは20世紀に入る直前くらいの明治30年頃までで 、1910年代の初め、大正に入るころには廃絶した、といっている資料もある。ただし今も尚はじめて洋行することを赤ゲット旅行などという、と。もっとも明治の中頃まででも、都会のなかでケットがいちばん目についたのは、人力車夫の使っている膝掛け毛布だったろう。人力車に乗ると向かい風を受けてきものの前が乱れやすく、とりわけ女性は難渋するから、備え付けの赤い毛布で膝を巻いた。女性には特に必要なものだったが、少し神経質な女性は、この膝掛けを使いたがらなかった。というのも、寒い時期には客待ちの間、車夫はたいていこの膝掛けにくるまっていたから。毛布はもちろん寝具としての本来の使われ方もあったはずだ。しかしそれはホテルや病院、またとりわけ兵営での使われ方が知られているわりに、一般家庭での状況の情報は乏しい。時代はずいぶん後のことで1930年代後半(ほぼ昭和10年代)になると、夏毛布という工夫が現れているが、これは現代のような綿毛布ではないらしい。「(毛布は)むかしは冬だけと決まっていたが、最近では夏毛布といって、毛布にカバーを付けた奴が出ている」(『買物読本』1937年)。(大丸 弘)
ID No. CH1-005
出典資料 国民新聞
発行年月日 1890(明治23)年4月21日号 3面
小説のタイトル 地方人
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
Wfu:[風呂敷(包み);布包み]
Wkas:[傘]
Wkab:[笠]
D4ji:[人力車夫]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
キーワード 頬被り;頬かぶり;ケットを着る人;瓢箪(ひょうたん);後ろ姿;背面
男女別 男性
体の部分 全身;群像