近代日本の身装文化(身装画像)
説明 1888(明治21)年7月に磐梯山が噴火し、たまたま温泉場開発のためにその麓の村落に滞在中の一行が生き埋めになる。父親の遭難の知らせを聞いて、母娘は「夢ならば疾く覚めよ現(ウツツ)ならば疾く消えよと母子涙の袖を絞りて(……)悲嘆に沈み」という有様。二十年前までは会津藩士として五百石どりの家格、その旧士族の妻と娘としては泣き様がやや大仰――と、むしろこの時代の人なら思うにちがいない。女性が声を上げて泣くようなときは、この娘のようなポーズになることが多い。小柄な当時の女性には相対的に帯のボリュームが大きかったから、畳に伏して尻を持ち上げるような恰好では、臀部が山のようになる。女性が泣くときはあふれる涙や鼻水を受けるために、ふつうは襦袢の袖口を引き出した。ハンカチをつかうようになるのはもうすこし後の時代で、それも女学生など若い女性から。男は外出の折にはたいていふところに手拭をもっているので、これを使うが、この母親のように女性が手拭をつかう例はめずらしい。(大丸 弘)
ID No. C21-034
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1888(明治21)年8月9日号 3面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 虚無僧富士磐梯(こむそうふじいわおのかけはし)(10)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
D803:[よろこび・親しみ・愛嬌・合歓の表現 ex.握手,抱擁,キス,ベッドシーン,pornography]
Vob:[帯]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
H6:[和座敷一般]
時代区分・年代 19世紀後半;1888(明治21)年
国名 日本
キーワード 手ぬぐいで顔を覆う;手水鉢(ちょうずばち);廊下;障子;簀戸(すど);簾戸(すど);葦戸(よしど);薬缶(やかん);うちわ
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥;横臥