近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉隅田川にはもちろん何本かの橋が架かっているが、大きな人口を抱えた江戸ではそれだけでは間に合わず、たくさんの渡しがあった。船宿で頼んで乗るのではなく、乗合いの船を渡しと呼ぶ。船頭さんが櫂と櫓を使って漕ぐのに代わってポンポン船になって戦後まで生き残ったところもある。それはだいたい上流の方の渡しだ。橋を回ると遠回りになるから渡しに乗る、という人が多かったはずだが、乗っている人を見るとそんなに急いでいるようにも見えない。この絵では人力車を載せているが、江戸時代には馬も載せた。(大丸 弘)
ID No. C15-056
出典資料 都新聞
発行年月日 1898(明治31)年9月16日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
タイトル
小説のタイトル 近世実話 海賊房次郎(57)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkab:[笠]
G790:[人力車]
G732:[渡し船]
G733:[隅田川の客船]
時代区分・年代 19世紀後半;1882(明治15)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 隅田川の渡し
男女別 男性
体の部分 全身;上半身;坐臥;群像
関連情報
著作権情報
備考