近代日本の身装文化(身装画像)
説明 横浜・神戸・大阪を経巡っての人々の行き来の錯綜で、旅装束が多い。右の障子際の男は丁髷に江戸時代風の合羽。左の窓際の若者は縞のきものになぜか帯を前で結んでマントを羽織っている。西洋から入ってきたマントルやケープは、わが国の引回し合羽とほぼ同型で単純な構造でもあるので、いちばん早く抵抗なく受け入れられた服種。このころの人は、家に上がるとき、外套やマントを脱ぐという習慣がなかったらしいが、脱いでも掛けておく設備もなかった。(大丸 弘)
ID No. C15-036
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1882(明治15)年7月9日号 3面
小説のタイトル 浅尾よし江の履歴
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D5ry:[旅装;旅姿;旅装束]
D2ch:[丁髷]
Wke:[ケープ]
時代区分・年代 19世紀後半;1882(明治15)年
国名 日本
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥