近代日本の身装文化(身装画像)
説明 根津の廓(クルワ)の格子先で客を誘っている花魁(オイラン)。客の男は近郷を荒らし回っている泥棒の片破れ。手拭いを吉原被りにし、弁慶格子風の浴衣に手綱絞りの三尺を締め、堂島の下駄を履き――といえばこの時代一通りの身なり。明治の初め、往来で顔を隠すことは禁じられていたのだが、廓の場合はあるいは目こぼしがあったかもしれない。この廓(サト)の花魁の着ている子持縞に襟付きのきものは、吉原とはちがって、「しかけ」(=裲襠(ウチカケ))というほどでもない。(大丸 弘)
ID No. C15-038
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1882(明治15)年9月18日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Vyu:[ゆかた]
Vob:[帯]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀後半;1882(明治15)年
国名 日本
特定地域 東京;根津
キーワード 遊廓;花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;黒襟;竪縞のきもの;泥棒;吉原被り;吉原かぶり;格子のきもの;三尺帯;堂島下駄
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身