近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大阪の陶器商。一代で身上を作り上げ、いま明石に建てた隠居所で親子四夫婦が祝宴を開いている。本文には「親類懇意の人々明石の隠宅に招寄せ」とあるが、絵に描かれているのは正面の老夫婦と、長男次男三男夫婦だけ。裕福の老人といえば猟虎(ラッコ)の帽子と分厚い首巻、というのが約束のようになっているこの時代だが、宴席ではさすがに老人も首巻はしていない。また被っているのも宗匠頭巾風の薄手のものか。となりの老母は小さいつくね髪に、ひとりだけ帯を前で結ぶ。江戸とちがい大阪では、前帯が儀礼化して後々まで残った。三人の嫁は小さい尖った前髪を立てた丸髷で、髱(タボ=後ろ髪)が後に突きだしているのは関西の特色。帯は三人とも角出し風にしているがはっきりしない。給仕の少女は結び下げで、いわゆるいとさん結び。儀礼的な席ということで男はすべて羽織を着、おそらく紋付きだろう。逆に女は羽織を着ず、帯付きの姿。子どもたち夫婦がいずれも縞のきものであるのに対し、老人ふたりだけが小紋を着てうち寛いでいる。(大丸 弘)
ID No. C12-003
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1879(明治12)年2月8日号 3面
小説のタイトル 山内直三郎の咄し:前号の続き
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H810:[会議・儀式・祝宴・パーティーのための広間]
D2ma:[丸髷]
Wzu:[頭巾;覆面]
Vhao:[羽織]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 19世紀後半;1879(明治12)年
国名 日本
特定地域 兵庫;明石
キーワード 宗匠頭巾;前帯;結び下げ;いとさん結び;角だし風;竪縞のきもの;小紋;正座;お酌
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥;群像