近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉手配の盗賊古賀の幸蔵の逮捕の場面。片袖を脱いで九寸五分の短刀を逆手に持つ犯人に、大勢の巡査が飛びかかっている。東京ではすでに1874(明治7)年にこの制服制帽が制定され、地方も追々これに準じている。しかし洋服に慣れていないためか、地方によって、また場合によって、いろいろな変更があったらしい。大阪では1880(明治13)年に、夜警巡査は靴音が相手に悟られるからと草履に替えられる(→年表〈現況〉1880年2月 「夜警巡査の靴」朝野新聞 1880年2月7日2面)という風に。この巡査たちも足袋はだしのようにも見える。犯人の穿いているのはパンツではなく半股引だろう。(大丸 弘)
ID No. C11-015
出典資料 都新聞
発行年月日 1904(明治37)年3月12日号 3面
小説のタイトル 実話 悪縁塚(113)
作者 橋本埋木庵(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ya:[やくざ;博徒;ギャング]
D3had:[肌脱ぎ;胸のはだけ・くつろげ]
D0bo:[入墨;彫り物;ボディペインティング]
Vmom:[股引]
Wge:[下駄;クロッグ]
D4ke:[警察官;目明かし]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
時代区分・年代 19世紀後半;1878(明治11)年
国名 日本
キーワード 盗賊;片肌脱ぎ;刺青;入れ墨;半股引;いさみ型;巡査;制服;制帽;足袋跣(たびはだし);犯人逮捕
男女別 男性
体の部分 全身