近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉上野の寺の墓参から立ち戻った夫婦が、にわか雨にあったところを折良く車屋に出会った。車夫は太い筋の二本入った特徴のあるブランケットを肩に掛けている。客待ちしている間は寒さしのぎにこれにくるまり、客を乗せるときはこれで客の膝を巻く。「押しつけられて気味の悪いようなブランケットを膝に掛けられ」とあるように、初期の人力車は衛生面についても、強引な客引きでも悪評が多かった。車夫は、筒袖の腰切半纏に股引をひざまでまくりあげ、裸足のようだ。〈車夫規則〉が公布され、人力車にも車夫の身なりにも一定の統制がおこなわれるようになるのは1880年代初めのこと(→年表〈事件〉1883年1月 「人力車取締規則施行」1883年1月1日)。(大丸 弘)
ID No. C07-024
出典資料 読売新聞
発行年月日 1897(明治30)年9月15日号 1面
小説のタイトル 雨後の残月(3)(5)
作者 三遊亭円朝(1839-1900)[口演];酒井昇造(1860-1915)[速記]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G790:[人力車]
D4ji:[人力車夫]
Vhat:[半天;どてら]
Wkya:[脚絆;脛覆い]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wka:[鞄]
Wkas:[傘]
Jki:[気象条件(雨,雪,強風,強い陽射しなど)]
時代区分・年代 19世紀後半;1874(明治7)年
国名 日本
特定地域 東京;上野
キーワード 筒袖の腰切り半纏;白の脚絆;ブランケット;ケット;膝掛け;のめり下駄;ハンドバッグ;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘
男女別 男性;女性
体の部分 全身