近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉話は長く複雑だが、この場面は東京・蛎殻町の仲買商の女房と、神戸に商用旅行中の主人の留守を預かる番頭とが、「いつしか深い仲になり(……)」というところ。店の奥、結界で仕切られた帳場にいるのが番頭。その奥の内証との間を隔てる暖簾を分けて顔を覗かせているのが浮気女房。小紋のきものに黒繻子の帯を締め、ばかに広い黒っぽい掛け襟をしている。この時代では、東京の商家の女は裾を曳いているのがふつうだった。この女房は眉を落としていない。『守貞謾稿』(1837年~)では、二十歳代の、いわゆる中年増の女で眉を剃らない者は実際にはほとんどいないけれども、絵でそうすると三,四十代の女に見えてしまうために、絵のなかでは若い女房をしばしば眉を付けたままに描いている、と言っている。(大丸 弘)
ID No. C03-032
出典資料 改進新聞
発行年月日 1885(明治18)年6月3日号 3面
画家・撮影者 二代目歌川芳宗(一松斎芳宗)(新井芳宗)(1863-1941)
小説のタイトル 片情廻小車(かたなさけめぐるおくるま)(7)
作者 佐倉叟春江(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H840:[帳場構え]
D4ban:[商人;番頭]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
Vka:[掛襟]
D3hi:[曳裾]
時代区分・年代 19世紀後半;1870(明治3)年
国名 日本
特定地域 東京;蛎殻町(かきがらちょう)
キーワード 仲買商の女房;黒襟;暖簾
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身;坐臥