近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉明治も三,四年まではほとんど江戸時代のままの世界といってよい。左の二人の遊び人風に対して、右側の男は米屋の丁稚と本文中にあるが、丁稚小僧にしては大人すぎる。また、縞づくめのきものに前掛け拵えというのは御店者(オタナモノ)のきまりだが、丁稚はもちろん、手代も羽織を着ることは許されないのがふつう。(大丸 弘)
ID No. C01-025
出典資料 開花新聞
発行年月日 1884(明治17)年3月28日号 4面
小説のタイトル 実録 神奈川政談(5)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ch:[丁髷]
Vhao:[羽織]
Wzo:[草履;草鞋]
D4de:[丁稚;小僧]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
時代区分・年代 19世紀後半;1868(明治元)年
国名 日本
キーワード 遊び人風;竪縞のきもの;格子のきもの;前垂れ;前掛け;ぞうり
男女別 男性
体の部分 全身