近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉東京両国橋に近い、柳橋の袂に佇んでいるふたりの芸者と、提灯を手にした箱屋と思われる男。この日の本文の内容とこの挿絵とは関係ない。東京市中の主要な橋は維新後つぎつぎと木橋から鋼鉄橋に架け替えられたので、年代判定のよい手がかりになる。柳橋が鉄橋になったのは1887(明治20)年のことだったから、この絵の時代である1868(明治元)年からはまだ遠い先。ただし橋の半ばでこちらを窺っている警官風の男はすこし問題。東京府内警備のため三千人のポリスが任命されたのは1869(明治2)年のことだが、邏卒(ラソツ)という名称を与えられ、三尺の警棒や、ナポレオン帽風の紺羅紗の山型帽等が制定されたのはさらに数年後のことになる(→年表〈事件〉1874年2月 「巡査の制服制帽制定」郵便報知新聞 1874年2月13日1面)。右側の白っぽい衣裳の芸者の髪は潰し島田のように見える。この女の着付けはずいぶんゆるく、胸元に今だったらとても許されないようなたるみ皺が見える。小さな絵ではあり、右田年英はそう念入りに描いているというわけでもないが、当時のきものの着方がよくとらえられている。(大丸 弘)
ID No. C01-021
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1894(明治27)年9月27日号 2面
小説のタイトル 峯の白雲(7)
作者 宮崎三昧(三昧道人)(1859-1919)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H59:[出入り口・窓越しの外の風景]
D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2sim:[島田;高島田]
D3:[着装態様;着付け;着方・着こなし一般]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
D4ke:[警察官;目明かし]
時代区分・年代 19世紀後半;1868(明治元)年
国名 日本
特定地域 東京;両国橋
キーワード 箱屋;邏卒;潰し島田;つぶし島田;引っ掛け結び;ひっかけ結び;犬
男女別 男性;女性
体の部分 全身