近代日本の身装文化(身装画像)
説明 夏の盛り、勤め帰りの若者がこれから行水をするため、汗まみれになったシャツを脱いでいる。内風呂のある家は少なかったから、ベトベトした身体のまま夕餉の膳につくのが嫌なら、銭湯へ行くか、家で行水をする。東京の銭湯の値段――湯銭はこのころ四,五銭だったので、毎日、それも家族みんなが入るとなるとそこそこの中流家庭でも馬鹿にならない出費になる。だからかなり無理な場所でも行水をする家が多かった。小さい妹が引っ張っているシャツは肘より先まであるように見える。欧米から入ってきた衣料にはノースリーブとか三分袖といったものがほとんどなく、あればそれはスポーツウエアぐらいだった。(大丸 弘)
ID No. A22-040
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1922(大正11)年8月1日号 4面
画家・撮影者 幡恒春(1883-1944)
小説のタイトル 永遠の謎(40)(5(4))
作者 長田幹彦(1887-1964)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D0ny:[入浴;浴場;行水]
D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Pu0:[アンダーウエア]
Wkus:[靴下]
D002:[女の子(小学生くらい)]
Vob:[帯]
時代区分・年代 20世紀前半;1922(大正11)年
国名 日本
キーワード 行水;シャツ;兵児帯
男女別 男性;女児
体の部分 全身;坐臥