| 説明 | この日の本文は子爵家の居間での、国家社会に関するむずかしい議論で、桔梗の花柄のきものを着た子爵家の娘が、来客のためにお盆に茶碗をのせて運んでいる。古い商家でも武家住宅でも、台所といえばたいていは北向きの、奥まった暗い場所にあった。少し間数のある家だと、来客の接待だけでなく、家族の三度三度の食事でも、茶の間と台所の往復はけっこう大変だった。娘は真ん中で分けた髪を左右の耳の下でまとめ、小さなリボンを結んでいる。耳の辺りでまとめると神代の、というのは、埴輪にある美豆良(ミズラ)のようになる。そういう髪は埴輪以後には見られないようだが、第二次大戦中にはそれを推奨した人もいた。小学生からもう少し上くらいの少女のため、比較的安価で、楽しい華やかさを提供したのはモスリン友禅。これにやはりモスリンの赤系の帯、というのがもっとも一般的な夏の女の子の着るもの。ただし、子爵家ということがどう関係するか。明治三十年代には、それまで輸入品の多かったモスリンを国内生産が上回るようになる。それに伴って染色技術の改良が進み、「女子どもの好み」と馬鹿にされながらも、需要は大きく伸びてゆく。(大丸 弘) |
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| ID No. | A22-041 |
| 出典資料 | 大阪朝日新聞 |
| 発行年月日 | 1922(大正11)年8月10日号 4面 |
| 画家・撮影者 | 幡恒春(1883-1944) |
| タイトル | |
| 小説のタイトル | 永遠の謎(48)(6(4)) |
| 作者 | 長田幹彦(1887-1964) |
| 資料タイプ | 挿絵 |
| 身装画像コード | D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))] D2:[ヘアスタイル] D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)] Qkeo:[毛織物(モスリン,セル,羅紗)] Vob:[帯] |
| 時代区分・年代 | 20世紀前半;1922(大正11)年 |
| 特定通称名 | |
| 国名 | 日本 |
| 特定地域 | |
| キーワード | 下げ髪;埴輪風;リボン;メリンス友禅の単衣;兵児帯;美豆良(みずら) |
| 男女別 | 女児 |
| 体の部分 | 上半身 |
| 関連情報 | |
| 著作権情報 | |
| 備考 |