近代日本の身装文化(身装画像)
説明 昔気質の父親といくぶん偏屈な兄とを持つ数え十六の浪花娘。〈真垣の梅〉第1回の大首では、ヒロインが霜の凍てついた共同水栓の下、襷がけで父親の肌着を洗濯していると、苦学生の牛乳配達が声をかける。大阪市の中心部に水道の給水がはじまったのは二十数年も前の1895(明治28)年のことだったから、この物語の時点では二百万市民のほとんどは水道の水のお世話になっていた。もと郊外の梅畑を潰したという家賃十三円の新興住宅も、その恩恵には洩れていないが、東京もそうだったように、各戸配管はずいぶん遅れた。かなり長い間はそれまでの井戸水が水道水に変わったというだけで、相変わらず水汲み洗濯は共同の水道端まで行かなければならなかった。配達の男のいうように、水道水はこれまでの井戸水に比べて夏はあまり冷たくなく、冬は冷たかった。〈真垣の梅〉第8回では、隣家の二つ年上の娘にものを托している。十六にしてはませた感じなのは、母親がいなくて主婦代わりをしているせいかもしれない。大阪でももう隣の娘のように、若い娘は束髪を好んで結うようになっていたが、父親は新しいものを毛嫌いするので、娘は日本髪。十代半ばの娘は、唐人髷か、蝶々か、ふくら雀で、このどれでも前から見ると、このようにふたつの山が見える。画家・名取春仙の描く女性は一般に、この娘がそうであるようにはっきりした眼をしている。それが眼の縁に、化粧としてラインを描いたようにさえ見える。春仙が美人を描くときの筆癖で、うるさい父親が娘にそんなことを許すわけはなく、この点はこの時代の女性の眼としては、誤解を生むおそれがある。(大丸 弘)
ID No. A17-025
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1917(大正6)年3月26日号 6面
画家・撮影者 名取春仙(1886-1960)
小説のタイトル 黒水晶:真垣の梅(1)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D2:[ヘアスタイル]
D2ni:[日本髪一般]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
Vhan:[半襟]
Vtas:[襷]
時代区分・年代 20世紀前半;1917(大正6)年
国名 日本
特定地域 大阪
キーワード 浪花娘;唐人髷;蝶々髷;ふくら雀;眼の縁;襷掛け
男女別 女性
体の部分 頭部;上半身
関連情報 A17-025, A17-026