近代日本の身装文化(身装画像)
説明 病院に見舞いに来た女性。話は十数年遡っているために、「其当時の流行の夜会結びに髪を結って(……)」とある。夜会結びは縦型束髪の一種で、その最後の段階――下田歌子式や花月巻の生まれるすぐ前くらいに流行していた。十九世紀末から、日露戦争(1904年,1905年)の少し前、というところ。「小紋の着物に縮緬の羽織を着て、浅黄地へ白の模様ある襦袢の襟をかけた」のを、婆やが令夫人のようだと褒める。婆やは全体の色合いの、控え目の調子をそう感じたのだろうか。江戸時代とちがい、維新以後の小紋は流行の起伏が大きく、日露戦争のころもやや忘れかけられていたような柄だった。そういう古風さを、老人は喜んだのかもしれない。
ID No. A12-049
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1912(大正元)年9月30日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 主義の女(46)
作者 藤生てい(てい女)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2so:[束髪(前期縦型の)]
D2ya:[夜会巻]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhao:[羽織]
Vka:[掛襟]
Wfu:[風呂敷(包み);布包み]
時代区分・年代 19世紀後半
国名 日本
キーワード 夜会結び;髪飾り;1890年代;黒紋付き羽織;小紋のきもの
男女別 女性
体の部分 全身