近代日本の身装文化(身装画像)
説明 はじめて帝国劇場に連れてこられた漁村育ちの十六になる女中。なにを見ても夢の中の御殿のようでおどおどするばかり。その感じがポーズによく出ているが、表情は渡部審也のいつもの顔。奥様お嬢様たちはもちろん盛装していて、女中も「頂戴の銘仙に、それから母が急に仕立て直ししてくれた擬(マガ)博多の帯、それも大分古いのを締めた」。銘仙は中以上の家庭の女性のふだん着だったが、女中の晴着というと銘仙にほぼきまっていて、奥様のお下がりが多かった。帯は締めているうちに筋切れがしてくるから、そのときは仕立て直して弱った部分をうまく隠す。きもの一般におこなわれた仕方で、経済的にきものの強みとされた。後ろに立っているのは案内嬢。最初は恰好も呼び名も一定せず、しかしめずらしがられて新聞紙上で品評の対象になったりしている。(大丸 弘)
ID No. A11-086
出典資料 時事新報
発行年月日 1911(明治44)年12月22日?号 11面
画家・撮影者 渡部審也(1875-1950)
小説のタイトル 黒光(52)
作者 江見水蔭(怒濤庵)(1869-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G40:[劇場;映画館;芝居小屋;寄席]
H820:[大劇場・コンサートホールなどの内部]
D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D4ge:[下女;下男;召使い]
Vob:[帯]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
キーワード 帝国劇場;女中;銘仙;案内嬢;植木鉢
男女別 女性
体の部分 全身;群像