近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二十歳前後の娘、悲しさと悔しさとで、袖口で顔を覆って泣いている。本文に「綾子はそれに応えず、プイと自分の室に入って了った」とあるのとは少しちがう。夏のことなので家の中では素足だが、帯は大きなお太鼓結びを背負っている。彼女の束髪は、前(前髪)、側面(鬢(ビン))、後ろ(髱(タボ))がほぼ同じぐらいに膨らみ、まだ廂髪というほどでもない。てっぺんにつくった髷もまだかなり大きい。髷の根の部分にリボンをつけているのは、まだ女学生気分のあるしるし。そのそばに、はっきりとはわからないが、造花の花が挿してあるようにも見える。(大丸 弘)
ID No. A07-021
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1907(明治40)年12月30日号 6面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 野分(13)(3)
作者 三島霜川(千山楼主人)(1876-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vob:[帯]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
キーワード 廊下;障子;リボン;お太鼓結び;帯揚げ;素足
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥