近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二十代前半の人妻。中流の余裕のある暮らしをしていて、まだ子どもはない。これという具体的な理由はないのだが、夫との間がしっくりせず、離婚を考えている。1(1),8(1)では結婚指輪を嵌めているが、12(1)では見えない。着ているきものの柄はいくぶん違った描き様をしているが、三つとも同じだろう。7月のことなので絣柄の単ものを着、髪は束髪。すでに廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)という言い方は流行していたが、この時代はその初期で、まだ人々の関心が頭頂の髷のかたちにあった時代。一口に二百三高地というが、巻き方にはヴァラエティがあり、名前を持つものもあった。三図とも後れ毛がおびただしく、なにか激しい仕事でもしたあとのようだが、油をつけない束髪はどうしてもこんな風になりやすい。(大丸 弘)
ID No. A07-020
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1907(明治40)年12月22日号 8面
小説のタイトル 野分(12)(1)
作者 三島霜川(千山楼主人)(1876-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G043:[縁先;縁端]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Qkas:[絣]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
キーワード 縁側;後れ毛;飛白のきもの
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 A07-017, A07-019, A07-020