近代日本の身装文化(身装画像)
説明 深く想う人があるのに、家族のため世の義理のため、見もしらぬ男との結婚を承諾した娘、母親にその決断を告げたあと、その日は食事もとらず、「日のとっぷりと暮れるまで、寝台倚子の上で、泣いて泣いて泣き暮らした」。結婚と洋行を天秤にかけるような上流階級の娘だけに、自分がどんな相手と結婚するかの重みを、よく知っているにちがいない。この時代、ベッドにできるような大きなソファはもちろん輸入品。袂もハンカチーフも使わずに顔を伏せて泣き暮らしたら、大きなシミになるだろう。クッションの利用のしかたがまだわかっていなかったのか。束髪の前髪が盛り上がっているのはいくぶん古い流行になるのだが、顔を伏せた関係でそうなっているのかもしれない。この時代としては小さめの髷の前に、娘らしくリボンをつけている。(大丸 弘)
ID No. A07-015
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1907(明治40)年5月15日号 7面
小説のタイトル 長恨歌(41)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vta:[足袋]
Whak:[履物一般(靴以外)]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
キーワード リボン;お太鼓結び;スリッパ;寝台椅子;ソファベッド;クッション
男女別 女性
体の部分 全身;横臥