近代日本の身装文化(身装画像)
説明 久しぶりに実家に帰ってきた主家の息子を駅まで出迎える下男の老人。大縞のどてらを尻絡げして着、襟巻を首のすっ込むほど巻いて、ゆるめの股引に紺足袋の足先を草履に浅く突っ掛けている。これまでの和装では、厳冬でも、外出に綿入れ羽織以上にはとくに外套のような防寒具はなかったうえ、羽織はだれもが着られるわけではなかったから、そういう人たちは半纏様のものを重ね着するか、どてらを着るかしかなかった。(大丸 弘)
ID No. A07-014
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1907(明治40)年1月1日号 21面
画家・撮影者 稲野年恒(可雅賎人)(1858-1907)
小説のタイトル 松山颪(まつやまおろし)(1)(1)
作者 広津柳浪(1861-1928)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D017:[男の老人]
Vhat:[半天;どてら]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Vmom:[股引]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wka:[鞄]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
D4ke:[警察官;目明かし]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
特定地域 宮城;大崎
キーワード どてら;尻からげ;紺足袋;ぞうり
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥