近代日本の身装文化(身装画像)
説明 夜の海辺をそぞろ歩く新婚の男女。宴会の続いている座敷から遁(ノガ)れ、酔いを覚ましているふたりなので、ふたりとも浴衣姿で、男は兵児帯に堂島形の下駄。宿の庭下駄はふつうは中央を刳りとった厚板のようなものだから、ふたりとも表に回って自分の下駄を履いてきたらしい。「中形の浴衣着て、涼を貪っている」とあるのが女性。浴衣といえば中形に決まっているようになるのはもう少し先のことだし、夏に着るきものが浴衣だけのようになってしまうのは、第二次世界大戦後のこと。この時代はまだ、夏の単衣ものの豊かなヴァラエティがあった。若い妻の髪は、それまでの縦型の束髪が廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)へと変化する中間の時期。髷を高くするのが流行っていて、二百三高地巻などと呼んだ。(大丸 弘)
ID No. A06-028
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1906(明治39)年7月29日号 7面
小説のタイトル 懸賞当選小説 罪の命(5):蜜月遊(ハネムーン)(1)
作者 物集高量(物集梧水)(1879-1985)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K60:[海岸]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Vyu:[ゆかた]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
キーワード 浴衣;二百三高地髷;うちわ
男女別 女性
体の部分 上半身
関連情報 A06-028, A06-029