近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京鉄砲洲の紙屋の手代。掛取りの大金を紛失し、ひとりの姉に相談しようとその門口まで来はしたものの、思い悩んでいる。「荒い縞セルの薄汚れた鳥打ち帽子を目深に、直か履きの山桐の下駄を引き摺り」、佇んでいる。縞ものずくめで前垂、鳥打帽といえば、職人の半纏、腹掛、股引同様、商人のしるし。履いているノメリの下駄は、この頃は表付きが多かった。薄汚れた鳥打帽子を被って白足袋とは不調和なようだが、商家のお仕着せでは年五,六足の足袋は白にかぎっているのがふつう。足袋が履けるのは冬の三カ月だけで、そのあいだ足袋はいつも真っ白でなければならない。東京人は職人でも商人でもとかく足下を奢り、足下に金を惜しんでいるかどうかで人を判断する傾向があった。紺足袋は繰り返し洗うとハゲチョロケになるので嫌われた。(大丸 弘)
ID No. A06-014
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1906(明治39)年5月9日号 7面
小説のタイトル 真帆片帆(まほかたほ)(7)
作者 武田仰天子(1854-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vta:[足袋]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 20世紀初め;1906(明治39)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 門口;商人;鳥打帽子;鳥打ち帽子;竪縞のきもの;白足袋;のめり下駄;堂島下駄
男女別 男性
体の部分 全身