近代日本の身装文化(身装画像)
説明 明治時代は女学生がなにかと話題になった。知識をひけらかす生意気な小娘、のちの「新しい女」に通じるような自己主張の強さ、そしてその素行に対する疑い――。ここは女学生を客とする下宿の、待遇と監督についての悶着。下宿屋側の代表として乗り込んだのは三十がらみの人妻風の女性。黒紋付きの羽織に縞のきものの二枚襲。黒襟の掛かった縞のきものはもちろん礼服ではない。裕福な商家のお内儀、というところ。髪はこの年頃並みの髷の大きさの丸髷。それに立ち向かう女学生たちは、本文の「よくもこれだけ不恰好な女が集まったものだ」というように描かれ、この時代の偏見を示している。女学生の着ているものはさまざまだが、襟を寛げて、半襟を大きく見せるのがこのころのやり方。髪は第50回には日本髪らしいものも見られるが、束髪の髷はかなり高く盛り上がっているものがあり、二百三高地巻風。(大丸 弘)
ID No. A05-062
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1905(明治38)年7月9日号 4面
小説のタイトル 人こゝろ(50)
作者 多和田菱軒(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7jog:[女学生]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2ma:[丸髷]
Vhan:[半襟]
Vka:[掛襟]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀初め;1905(明治38)年
国名 日本
キーワード 二百三高地髷風;黒紋付き羽織;竪縞のきもの;二枚襲;黒襟
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 A05-062, A05-063, A05-064