近代日本の身装文化(身装画像)
説明 女子音楽学校の生徒が、面会に来た知人と会うために玄関まで出てくる。縁談を嫌って家出した友人を匿っているのだから、この女性もそんな歳のはず。彼女の髪型は、いわゆる花月巻の時期のスタイルをわかりやすく示している。前期の縦型束髪はだんだんと髱(タボ=後ろ髪)を日本髪のように、襟にかかるくらいに伸ばした。その後、戦争のすこし前くらいには前髪が膨らみだし、それも上に盛り上がる。花月巻自体は髷の巻き方の特色をさすのだが、それはこの絵でははっきりしない。本文に、運動場での女生徒たちの体操――ここでは操練といっている――を見物する野次馬たちの言葉が取り上げられている。女性の体操などを見れば、すぐ下卑たことを言いだすのがこの時代の野次馬の常だったろうが、ここではそうでなく、女性が身体を鍛えたら女らしくなくなる、次の戦争には兵隊にでもなるのかしら――といった意見を言う人がある。こういう危惧は明治時代にはごく一般的のものだった。(大丸 弘)
ID No. A05-022
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1905(明治38)年3月3日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 唯心(57)
作者 武田仰天子(1854-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhaf:[袴(女性)]
時代区分・年代 20世紀初め;1905(明治38)年
国名 日本
キーワード 花月巻;髱(たぼ);リボン
男女別 女性
体の部分 上半身