近代日本の身装文化(身装画像)
説明 十三,四歳の少年ふたりの争い。ひとりが子犬を流れに抛り込もうとし、立っているひとりがそれを止めようとしている。明治時代の男の子のきものといえば木綿の絣に決まっていた。絣のきものはいかにも男の子っぽく、また二十歳を過ぎた青年が着るといかにも若い男っぽく見えた。1910年代頃までは地方ではまだ手織がさかんだった。子どもの着るものは母親の手織、ということが多く、その思い出をもつ人は昭和に入ってからもいた。手織木綿はたいていは縞物だったから、商品化して名前の付いた縞でない、名前の付けようのない独創的な縞もあったにちがいない。子犬を抑えている少年は紺絣、立っている少年はたぶん手織縞を着て、子どもらしい肩揚げ、腰揚げがよくわかる。(大丸 弘)
ID No. A04-176
出典資料 国民新聞
発行年月日 1904(明治37)年6月1日号 4面
小説のタイトル ひと昔(2):憎まれ子(2)
作者 篠原温亭(1872-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D013:[少年(ほぼ中学生の年頃(12~15,16歳))]
Qkas:[絣]
Vob:[帯]
Vkat:[肩揚げ]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 20世紀初め;1904(明治37)年
国名 日本
キーワード 飛白のきもの;手織縞;兵児帯;腰揚げ;ぞうり
男女別 男児
体の部分 全身