近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大阪・上町の素封家の、上町きっての他に類のない美人と噂される娘だというが、片手を畳に突いてやや横座りして前屈みの、すくんだような姿勢は、そんな娘らしくもないし、現代ならあまり見ることもできないだろう。娘の髪型は二百三高地風。ただし、旅順陥落はこの小説の連載がはじまった1904(明治37)年6月より、半年も先のことなので、このような横に膨らませてその上に髷をのせるスタイル自体は、二百三高地が話題になるより以前から流行していたと見てよい。スタイルが先行し、あとからそれらしい名前がつけられるという順番がむしろふつうで、後世になるとそれが逆になって、覚えやすい名称の方にリードされてしまう例は、やはりこの時期に流行していた吾妻コートなどもそのひとつ。(大丸 弘)
ID No. A04-041
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1904(明治37)年6月28日号 4面
画家・撮影者 稲野年恒(可雅賎人)(1858-1907)
タイトル
小説のタイトル 義兄弟(5)
作者 玉堂
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
Pu0:[アンダーウエア]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
時代区分・年代 20世紀初め;1904(明治37)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 大阪;上町
キーワード 二百三高地巻風;二百三高地髷風;花簪;造花;横座り
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥
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備考