近代日本の身装文化(身装画像)
説明 学士様なら嫁にもやろかという気分がまだ残っていた時代の、帝大の卒業間際の学生たちと、富裕な令嬢たちとの絡み。病気上がりの学生は、紺絣の単物に小倉の袴、白縮の襯衣(シャツ)という、単純で標準的な学生風。ここで言っているシャツは、袖口のカフスや折り襟がはっきり認められるので、いわゆるYシャツのことらしい。その下に肌着のシャツ、あるいは襦袢を着ているかどうかはわからない。お嬢さんの髪はまだ前髪や髱(タボ=後ろ髪)の張り出しのない、縦型の束髪。(大丸 弘)
ID No. A01-009
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1901(明治34)年3月1日号 8面
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 新学士(60)
作者 小杉天外(1865-1952)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ga:[学生・生徒(男子中学生以上)]
Qkas:[絣]
Vham:[袴(男性)]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
時代区分・年代 20世紀初め;1901(明治34)年
国名 日本
キーワード 飛白のきもの;シャツ;ワイシャツ;ホワイトシャツ;小倉の袴
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥