近代日本の身装文化(身装画像)
説明 「支那服から変化して、さりとて洋装婦人服でもない、日本の婦人に似合ふものという標準で銀座松屋のシルバー夫人と鈴鹿信太郎氏が、スタイルと生地とその色彩とを選んで十種ほど試みに仕立て上げてシヤルマン服と名づけ、なほ研究を続けつゝあるが、これが流行するかどうかは街頭に現れて一般の意見を訊いて見なければわからぬ、併し今までとは違つた新らしい目標を持つてゐるいゝものである。なほ試作中のシヤルマン服で水谷八重子さんの好んだのは、生地のシヤルムーズの地紋が大柄な三つ柏くづし、地色はグリーンの一色で、襟と袖先きにベーヂ色で濃淡二色の線を簡単に現はして折襟になつたもの、また栗島すみ子さんの好みはツーピースの形ちで裾のスカートは純黒、上衣の胴を濃紫とし上部へゆくほど紫を淡くボカし、腕も同様で、全体に色彩に濃淡を出した雲を描いたもの、生地はサテンクロースでこの模様を染色で現はしたものといふのだが、現代の流行ッ子の同じキネマのスターでも二人の好み方が如何に違つてゐるかゞ知れやう」。
ID No. ZT7-056
出典資料 東京日日新聞
発行年月日 1927(昭和2)年10月5日号
タイトル シヤルマン:水谷八重子さんがツーピースのシヤルマン服を試みに着た姿
資料タイプ 写真
身装画像コード D7joy:[女優モデル(この年の人気女優,封切り映画の出演女優)]
D6ch:[中国・支那服;シノワズリー]
D6ka:[改良服;折衷服]
時代区分・年代 20世紀前半;1927(昭和2)年
国名 日本
キーワード シャルマン服;中国服風;折衷服
男女別 女性
体の部分 全身