近代日本の身装文化(身装画像)
説明 今年十七になる、才色兼ね備えた山の手のお嬢さま。心に深く思い悩むところがあって真夜中に屋敷を抜け出し、九段あたりの雪の降り積もった街を彷徨っている。お嬢さまは寝間着のまま抜け出したのではなく、ふだんのきものに着替えているので、裾を見ると大きな袘(フキ)のある二枚襲の綿入れのきものを着ているらしく、その上に全身を覆う肩掛けを羽織っている。肩掛は開化後まもなく日本に入っているが、一般に普及したのは1880年代(ほぼ明治10年代)といわれている。このお嬢さまの着ているような、外国風のモチーフの刺繍や長いフリンジをもつものはもちろん西洋からの舶来品。ただしこの時期になると国内でもかなり区別しにくい模倣品が生産されるようになっていた。衣服としての目的は同じだが、いわゆる赤ゲットの対極にあるようなアイテム。お嬢さまは玄関から出たのではないので庭下駄を履いていた、と本文にはあるが、爪革があるように見える。庭下駄に爪革を被せるわけがないから、画家の粗漏か。(大丸 弘)
ID No. N97-002
出典資料 朝日新聞
発行年月日 1897(明治30)年1月9日号 3面
小説のタイトル 玉藻の床(7)
作者 半井桃水(1860-1925)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D7re:[令嬢モデル]
D2sim:[島田;高島田]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Qsi:[刺繍]
Qfu:[縁飾り;フリンジ]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀終わり;1897(明治30)年
国名 日本
キーワード お嬢様;肩掛け;二枚襲の綿入れきもの;裾の袘(ふき)
男女別 女性
体の部分 全身