近代日本の身装文化(身装画像)
説明 日清戦役に従軍した夫が戦死、ともに従軍した弟はきょう無事に帰還してくる。夫とはいうものの足入れしてすでに婚家で暮らしているが、式は挙げていず、籍も入っていない。こんな習慣がまだ残っていたものと見える。義理の両親は生きて帰った弟との結婚を当然のように思っている。挿絵はめでたい凱旋の当日、弟が花婿となるものと決めこんで、無神経に出迎えを勧めている下女。女はまだずいぶん根を上げた高島田のままで、娘娘した華やかな総模様の晴着、袖口に手を隠して胸を押さえているのは思案の姿。細かい縞のきものに掛け襟をした下女とは、もちろんはっきり違いを見せている。袂の長さ、帯の結び様、裾の袘も襲衣裳の娘の方がずっと厚く、下女の下駄は差歯の足駄だが、娘は小町型で塗下駄のはず。(大丸 弘)
ID No. N95-001
出典資料 報知新聞
発行年月日 1895(明治28)年1月15日号 1面(1)
画家・撮影者 鈴木華邨(1860-1919)
小説のタイトル 旭日桜:凱旋門
作者 村井弦斎(1863-1927)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2sim:[島田;高島田]
Vka:[掛襟]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
Wge:[下駄;クロッグ]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
時代区分・年代 19世紀終わり;1895(明治28)年
国名 日本
キーワード 高島田;総柄のきもの;裾の袘(ふき);竪縞のきもの;黒襟;お太鼓結び;引っ掛け結び;ひっかけ結び;差し歯下駄;小町下駄;手を胸にあてる