近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この子守っ子の身なりについては、「母の手織の茶縞の袷衣、僅かに肌を掩えども、足に足袋なく、襦袢なく、腰に細帯、二筋の子がいの紐は苦労の紐、せめて背中の幼子を寒さしのぎの様子」いう描写がある。子守の少女は数えで十歳、同じ村内の裕福な家に雇われているらしく、野良仕事の帰りの母親と出会って労われている。まだ頭を丸坊主に剃られている赤ん坊のくるまっているのは、ねんねこ半纏ではなく、厚く綿の入った一つ身の赤ちゃん着のように見える。女の子は手拭いを子守っ子被りにし、けっこう袂の長いきものには襟を掛け、襟元から半襟ではないだろうが襦袢の柄物の襟が覗いている。また襦袢の袖先と、草履ばきの足元からお腰の裾がちらりと見えて、子どもにしてはずいぶん長めの腰巻きをしている。画家は、田舎の自分が見たこともない貧しい小娘を描く、というより、よく見ている東京の下町の女の子を描いたのだろう。最初の描写とは、少し相違が生じている。(大丸 弘)
ID No. N94-002
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1894(明治27)年2月1日号 3面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 子守唄(1)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K40:[農地]
D5no:[農作業着;野良着]
D002:[女の子(小学生くらい)]
Jko:[子守り;子守っこ]
Vka:[掛襟]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Wzo:[草履;草鞋]
D000:[乳児;赤ん坊]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
キーワード 竪縞のきもの;黒襟;子守被り;子守かぶり;素足;わらじ;紐;おくるみ
男女別 女児
体の部分 全身