近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大阪の場末。酒屋の番頭と言い合っているのは羅宇屋の女房。羅宇(ラウ)は煙管の吸い口と火皿を繋ぐ部分の竹。関東ではふつう「ラオ」と呼ぶ。この作品の中では「煙管(ラヲ)の仕換商(シカエヤ)」と言っている。紙巻煙草以前にはだいじな商売だった。この女房の恰好は洗い晒した袖無し襦袢と虱(シラミ)だらけの湯巻、その湯巻の上に前掛けをして付け紐が帯代わりになっている。履いているのは先っぽうがもうかなり減ってささくれている高足駄。刳り歯の駒下駄とちがい、禿(チ)びれば歯を入れ換えられる高下駄は経済的で、雨でなくても貧乏人には愛用された。襦袢には汚れの目立たない濃い色の襟がついている。夏のこの恰好は都会にかぎらず、全国どこでも暑いときの和服のもっとも基本的なスタイル。ただし東京や関東の人から見ると、大阪では同じ貧乏人でも、細帯もせず、襦袢さえも着ず、胸を丸出しにしているような女が目についたらしい。これはひとつには東京に比べ、真夏の大阪の暑さの耐えがたいためもあるだろう。(大丸 弘)
ID No. N88-002
出典資料 朝日新聞
発行年月日 1888(明治21)年9月19日号 2面
小説のタイトル 貧福(12)
作者 宇田川文海(半痴居士)(1848-1930)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vna:[長襦袢;襦袢]
Vka:[掛襟]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wzo:[草履;草鞋]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
時代区分・年代 19世紀後半;1888(明治21)年
国名 日本
特定地域 大阪
キーワード 袖なし襦袢;黒襟;湯巻;前掛け;高下駄;竪縞のきもの;素足;わらじ;羅宇(らう)
男女別 男性;女性
体の部分 全身