近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京・日本橋の両替屋の奥の間で、火鉢を前にした主人が手代から聴いているのは、一人息子の放蕩のこと。商売向きによってもちがうが大きな商家の構造は、表から見える店の奥には結界格子のなかで番頭が目を光らし、その番頭の背中の見える奥の座敷に金庫か、むかしなら金箪笥を背にした店の主人が控えている、というのが一般的。江戸時代の商家の多くは、朝、大戸を開けると一日中表は開けっ放しのため砂埃も入るし、冬は寒さの防ぎようがなかった。寒いときは店先には客のための小さな手あぶりが置かれるが、主人はたいてい奥の大きな火の傍で、こんな恰好をしていたものらしい。羽織は防寒のためのものでもあり、また奥の間まで通す客に対しては礼儀ともなる便利なもの。奉公人が店で羽織を着ることはどこでも禁じられていたが、店によっては、年功を積んだ番頭は外では許された。(大丸 弘)
ID No. N87-002
出典資料 改進新聞
発行年月日 1887(明治20)年11月6日号 2面?
画家・撮影者 二代目歌川芳宗(一松斎芳宗)(新井芳宗)(1863-1941)
小説のタイトル 落花流水(13)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H6:[和座敷一般]
Vhao:[羽織]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Vob:[帯]
時代区分・年代 19世紀後半;1887(明治20)年
国名 日本
特定地域 東京;日本橋
キーワード 竪縞のきもの;小紋の羽織;前垂れ;前掛け;角帯;火鉢;火箸;金庫;畳;廊下
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥