近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大蔵省の属官の養女でことし十三か四になる娘、脳病――おそらく職務精励のため神経を病んで横浜の十全(ジュウゼン)病院に入院中の養父の見舞いに訪れた。十全病院は現在の横浜市大医学部付属病院。土地柄、この時代は進んだ医療がおこなわれるという評判があり、東京からの患者もあったのだろう。娘は手先を袖に隠して胸を押さえている。濃い色の花模様のきものの上に重ねて、いちばん外に着ているきものには帯をしていないので、あるいは合羽風の外被であるらしい。女合羽は、形はきものと変わりないが、前を紐で留めるようになっている衣料。とすればこのくらいの年の少女にも、遠出には女合羽が用いられていたというめずらしい例。(大丸 弘)
ID No. N86-006
出典資料 絵入自由新聞
発行年月日 1886(明治19)年10月26日号 2面
小説のタイトル 善悪妙々車(32)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
時代区分・年代 19世紀後半;1886(明治19)年
国名 日本
特定地域 神奈川;横浜
キーワード 袖に手を隠す;女合羽;合羽風の外被
男女別 女児
体の部分 上半身