近代日本の身装文化(身装画像)
説明 日本橋で鉄道馬車に乗合わせた昔なじみの男と女、終点の新橋で降りたが止みそうもない雨にこの辺で食事でも、という筋立て。鉄道馬車は1882(明治15)年から、1903(明治36)年の電車化までの二十年あまり、新橋から銀座を通って上野・浅草までの営業だったが、後半には少しだけ路線が延長されている。文中に「オーイと呼止め乗入りし人品のよい商人風の男」とあるように、決まった停留場はなく、乗り降りはどこでも勝手だった。区間制の料金はこの男のように日本橋・新橋間の一区が二等で三銭、現在の貨幣価値では千円ほどで、ほぼタクシー並み。三十人乗りくらいのイギリス製の車体はそう大きなものではないが、それでも二頭の馬で曳くのはかなりきつかったと見え、酷暑の時期には馬が疲労で倒れるようなことが何度かあった。(大丸 弘)
ID No. N84-004
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1884(明治17)年8月24日号 2面
画家・撮影者 尾形月耕(1859-1920)
小説のタイトル 乗合奇縁(1)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G74:[馬車]
Jsi:[街・集落の景況;行き来の人の姿]
時代区分・年代 19世紀後半;1884(明治17)年
国名 日本
特定地域 東京;新橋
キーワード 鉄道馬車;馬