近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二つの画面は同一人物の数年以前と、現在の姿を示す。紀州根来の旧士族で酒色のため身を持ち崩した男が、大阪で活版社を経営する人物を頼ってきた、というのが右の絵。家の業である挽椀の仕事で成功し、人手に渡っていた家も取り戻して挨拶に訪れた、というのが左の絵。この時期の挿絵に容貌で人物がわかるほどのリアリティーはないので、並んだ人物の同じ側が同一人物か。きものの肩口が破れ、胸を押さえているのが、「いと怪しき風体(ナリ)の二十二三とも覚しき男」で旧根来士族の方。きものの袖口で手を隠し胸を押さえるのは、突き袖とも少しちがい、ふつうは女のしぐさで、男のするのは情けない恰好。金回りがよくなった現在は縞のきものと対の羽織を重ね、高帽を被っている。山高帽は明治時代にはお役人とは限らずよく用いられて、活版屋の被っている猟虎(ラッコ)の帽子と並んで、余裕のある暮らしをしている旦那衆のしるし。男性の髪型で時代を判断するのはむずかしいが、明治前半期にはもみあげを長くする人が多かった。(大丸 弘)
ID No. N80-001
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1880(明治13)年11月30日号 2面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Vhao:[羽織]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
キーワード 縞のきものと羽織;山高帽子;もみあげ
男女別 男性
体の部分 上半身