近代日本の身装文化(身装画像)
説明 「浴楼(オニカイ)の別品お客をもてなすところ」という説明がある。湯屋の二階は明治以 後失われた特異な江戸風俗のひとつ。髪結床とならんで世間の噂が広まるのは湯屋、と言ったのは、その二階で時間をつぶしていた暇人たちを指している。湯屋の二階の生態は『半七捕物帳』の「湯屋の二階」にそのものズバリで描かれている。明治政府は銭湯に対して厳しい目を向けていたが、それは主に衛生面と男女混浴についてだった。しかし石榴口(ザクログチ)を持つ銭湯と二階とは、1880年代(明治10年代後半)にはほとんどなくなったと言われる。画中で湯上がりの客の頭をなぶっている女は裾を曳いている。『守貞謾稿』でも言っているように、江戸末期には極貧の家でもなければ、女性はみんな裾を曳いていた。この風習も1880年代(明治10年代)までは残っている。
ID No. N75-002
出典資料 平仮名絵入新聞
発行年月日 1875(明治8)年9月15日号 2面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D3hi:[曳裾]
時代区分・年代 19世紀後半;1875(明治8)年
国名 日本
キーワード 湯屋;鏡;曳き裾
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥