近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉この1874(明治7)年に主人公の少年とその幼友達の少女はともに十五歳、それにしてはすこし子どもらしいので、挿絵の意図は、九歳からこの年までの小学校時代のふたりの面影、ということでもあろうか。越後の港という設定を仮に新潟としても、1872(明治5)年,1873(明治6)年のこの土地に、こんな洋装の小学生が存在し得ただろうか。この時代の[東京絵入新聞]の挿絵の多くは落合芳幾(1833-1904)の手になり、芳幾は考証にはけっこううるさい方だったが。少女の着ているドレスは、バッスルが廃れて背部に大きなノットやフリルがつくようになった、1880年代後半の欧米のスタイルで、鹿鳴館時代がほぼこれに当たる。この挿絵が描かれた1887(明治20)年の画家の頭には、その夜会スタイルの印象が色濃く残っていたのではないだろうか。(大丸 弘)
ID No. N74-002
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1887(明治20)年9月21日号 3面
画家・撮影者 落合芳幾(一恵斎芳幾)(朝霞楼芳幾)(恵阿弥)(1833-1904)
小説のタイトル 雛鶴艶話(ひなづるえんわ)(1)
作者 一転南柯史(生没年不詳);古川魁蕾子(古川魁蕾士)(古川魁蕾史)(古川精一)(鬼斗生)(斗鬼生)(1854−1908)[閲]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D002:[女の子(小学生くらい)]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
時代区分・年代 19世紀後半;1874(明治7)年
国名 日本
キーワード 子ども洋服;挿絵;和綴じ
男女別 男児;女児
体の部分 全身