近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉東京・大阪間の郵便のはじまったのはこの年の4月で、東京の府内には十二カ所のポストと、十二人の郵便書状集め配達人が採用された。江戸と大坂のあいだにはそれまでもかなり実用的な飛脚制度があった。しかし袖章やズボンの側章の付いた洋服の配達夫の姿は、新政府の、つまりお上の仕事、の印象が強かったにちがいない。そのころは切手も「売下げる」といわれた。ただしこの制服の前に、紺木綿の法被姿の時期があったようだ。(大丸 弘)
ID No. N71-005
出典資料 都新聞
発行年月日 1903(明治36)年12月24日号 1面
小説のタイトル 実話 悪縁塚(40)
作者 橋本埋木庵(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4yu:[郵便配達夫]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wka:[鞄]
Vka:[掛襟]
D2ni:[日本髪一般]
時代区分・年代 19世紀後半;1871(明治4)年
国名 日本
キーワード 黒襟
男女別 男性;女性
体の部分 全身