近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉新政府転覆を狙う陰謀ものがたり。呉服橋近くの官庁に用事のある人びとを客にする腰掛茶屋。縁台に腰を下ろして、手あぶりをかたわらにしている男の身なりはとくに変わったところはないが、ヘルメットのように見える帽子はこの時代風。明治の初年はまだ中折帽が一般的でなく、鍔(ツバ)のかなり広い帽子の流行した時期もあった。編笠を被った廻国の六部は脚絆も含めて白装束で草鞋がけ、鐘を叩いている。背負っている厨子のなかは弘法大師の御像。かならずしも木彫りの像ではなく、一枚の絵像の場合も多かったらしいから、ごく軽い荷物。これを善男善女に拝ませてなにがしの喜捨をもらって旅をした。後ろに立っている黒紋附の男は、「古びし奉書紬の紋服に深編笠、手に袋入りの筮竹(ゼイチク)を携えたる大道占師めきたるが(……)」という衣裳付け。この占い師の姿は手に持つのが尺八というちがいだけで、虚無僧の恰好とも共通する、要するに貧しい武士の姿。(大丸 弘)
ID No. N70-006
出典資料 都新聞
発行年月日 1903(明治36)年7月14日号 3面
小説のタイトル 後のお梅(118)
作者 渡辺黙禅(1870-1945)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7jok:[女給(カフェー,飲食店ウェートレス)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkab:[笠]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀後半;1870(明治3)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 茶屋;編み笠;厨子(ずし);わらじ;ぞうり;黒紋付き;白装束
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥